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【社会問題】現在でも奴隷制度が続くアフリカの国・モーリタニアの実態とは?

投稿日:2019-04-15 更新日:

アメリカ合衆国大統領であったエイブラハム・リンカーンが、南北戦争中である1862年に、連邦軍の戦っていた南部連合が支配する地域の奴隷たちの解放を命じた「奴隷解放宣言」は誰もが知る有名な歴史上の出来事です。

奴隷解放宣言が発表された約150年前から、奴隷制は縮小してきており、現在は存在しないと思っている方も多いのではないかと思います。

しかし、実際のところ、世界では奴隷制が残っており、それに苦しめられる人々が存在するのです。その奴隷制が深刻なのが、西アフリカの国・モーリタニアです。

今回は、西アフリカの国・モーリタニアの奴隷制と意外な日本との関わりをまとめ、紹介しています。

目次

1. モーリタニアとは

2. モーリタニアの奴隷制

3. 日本との関わり




1. モーリタニアとは

モーリタニアとは、アフリカ北西部に位置する共和制国家で、公用語はアラビア語で、首都はヌアクショットです。

モーリタニアは、1904年にフランスによって全土を植民地化されました。そして、「アフリカの年」の1960年に独立を果たしました。

モーリタニアは国土のほとんどが砂漠に覆われ、可耕地は国土のわずか0.4%に過ぎないため、農業はほぼ一部の地域でしか行うことができません。

そのため、モーリタニアの主産業は鉱業であり、その中でも北部のズエラットで採掘される鉄鉱石が経済の柱となっています。

 

2. モーリタニアの奴隷制

はじめにも触れた通り、モーリタニアには、奴隷制が残っており、その状況は世界最悪であると言われています。

CIA(米中央情報局)によれば、総人口わずか380万人にすぎないこの国で14万人から16万人が奴隷化されていると推計されています。つまり、奴隷になる人の割合が世界で最も高く、人口の20%に上ります。

モーリタニアは、1981年に世界で最も遅く奴隷制度を廃止しましたが、奴隷の所有が刑事罰の対象になったのは2007年になってからです。

その奴隷制における搾取する側か、搾取される側かは出身民族によって決まります。搾取する側はアラブ人とベルベル人の混血で人口の30%を占めるベイダンと呼ばれる民族(で、もっと肌の色が黒いハラティンと呼ばれる少数派の民族を奴隷や差別の標的にされます。

モーリタニアのモハメド・ウルド・アブデル・アジズ大統領は、政治や経済で特権階級を占めるベイダンの血筋です。

一部のメディアからは「モーリタニア政府は見て見ぬふりをしている。自分たちが裕福な民族の出身で、かつて奴隷を所有していたからだ。昔も今も彼らが国を支配している」 という声も上がっています。




3. 日本との関わり

奴隷制が残るモーリタニアですが、実は日本との大きな関わりがあり、それはスーパーマーケットに行くと、垣間見ることができます。

日本最大のタコ輸入国は、モーリタニア及びモロッコで、その比率は2国合わせて輸入量全体の70%前後となります。 つまり、スーパーで見かけるタコのほとんどは、モーリタニアかモロッコ産であるということなのです。

なぜこれほどまでに、日本がモーリタニアからタコを輸入しているかというと、その答えは日本人の中村正明さんにあります。

中村正明さんは、漁業支援のためにJICA及び海外漁業協力財団から、1970年代に漁業指導員として、技術支援のためにモーリタニアへ派遣されました。

モーリタニアに渡ってから数ヶ月、中村さんは漁業の可能性や利点を説明しました。しかし漁業の設備や技能を持たないモーリタニア。何とか集まった人達と網漁などに挑みますが中々思うような成果が得られず、試行錯誤の日々が続きました。

根気良く説得を続けた結果タコ壺漁が始まり、見事大漁を迎えます。こうして世界有数のタコ水産地となったモーリタニアのタコは、海外への輸出水産業として重要な基盤となったのでした。


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